Case事例紹介
十山株式会社
代表者名: 鈴木 康平様
事業内容: 特種東海製紙グループの南アルプス事業部が独立。井川社有林の経営、ウイスキー製造を行う。
大井川源流の井川山林に24,430ヘクタールの社有林を持ち、その森林管理と活用を手がけている十山株式会社。特種東海製紙株式会社の社有林管理部門であった南アルプス事業部が、分社化され2020年に設立されました。設立後、社有林の独立した経営を目的に「J-クレジット制度」のプロジェクトに登録。静銀経営コンサルティングがその登録のサポートをさせていただきました。今回は、分社化前から森林部門の責任者を務め、現在十山株式会社の社長である鈴木様にお話を伺いました。
鈴木社長(以下敬称略): 十山株式会社は、大井川の源流に広がる広大な社有林を管理している会社です。自然を楽しみ、自然を守る人を育むことを使命とし、山林の不動産管理、登山道の整備、そして新しい事業として2020年からウイスキー事業を始めました。井川の奥山はユネスコエコパークにも指定されており、観光客に楽しんでもらえるような仕掛けや企画も進めています。元々このあたりは登山や釣りの名所として知られていますが、私たちはさらに多様な自然体験を提供することで、より多くの人々にこの素晴らしい自然を楽しんでいただきたいと考えています。
鈴木: 世界的な脱炭素の流れを受け、広大な山林を活かすために、森林の二酸化炭素吸収機能を活かすJ-クレジットの登録に取り組みました。分社化以前、特種東海製紙株式会社の南アルプス事業部の時代にもJ-VERという制度でクレジットを取得したことがあるので、このような取り組みは2回目となります。J-クレジット制度では、最近制度の見直しがあり、育成林(森林施業が実施された森林)だけでなく、当社の社有林に多く存在する天然生林も吸収量の算定対象になったため、これを機にSMCさんに相談し、J-クレジットのプロジェクト登録を進めました。SMCさんは森林の管理によるクレジット創出というところに価値があるとして、力強くサポートしてくれました。また、クレジットの販売の方も考えると、地元企業に強いネットワークを持つしずおかフィナンシャルグループさんなら安心だと考えてお願いしました。
登録にあたっては、標高の高い山林ならではの二酸化炭素吸収量の算定が課題となりました。二酸化炭素の吸収量は、木の成長量で計算します。スギやヒノキといった県内に多く生育している木は、静岡県の方でその成長率表が整備されており、スムーズに算定が可能です。ですが、私たちの山は標高が高いので、スギやヒノキではなくマツ科の樹木が多く、その成長量の算定が容易ではありませんでした。プロジェクトとしては前例がなかったようなのですが、SMCさんが綿密に交渉して審査を通していただき、その吸収量が最大限に認められました。おそらく、自分達でやっていたら吸収量がもっと少なく評価されてしまったのではないかと思います。
鈴木: 社有林の価値を具体的な数字で示せるようになったことが大きなメリットです。以前は広い面積を持っていることが誇りではありましたが、それだけでは株主や関係者に対して十分な説明ができませんでした。J-クレジットを通じて、二酸化炭素の吸収量などを数字で示すことができるようになり、説明がしやすくなりました。また、販売においても期待が持てるようになりました。
さらに、J-クレジットの取得は、私たちの環境保全活動の成果を具体的に示す手段となります。広大な面積を持つ社有林がどれだけの二酸化炭素を吸収しているのかを数値化することで、環境への貢献度を明確に示すことができるようになりました。これにより、環境に配慮した企業としての信頼性を高めることにも繋がっています。
鈴木: 環境意識が高まっていることは非常に良いことだと思います。J-クレジット等で森林の価値を示すことができるようになったことも、日本の林業にとってはプラスになるのではないでしょうか。また、社有林の管理を預かる者としても、皆さんが自然に関心を持ち、自然を守ろうという気持ちになってもらうことはとても大切なことだと思います。そういった環境意識を高めることに貢献するのも私たちの役目です。私たちが新しく取り組んでいるウイスキー事業も、森林の自然環境を活かし、その価値を高めることを目的としており、地域の活性化にも寄与していきたいと思っています。
鈴木: 社有林の活用方法はいろいろと可能性を考えました。3000メートル級の山があり、標高が高く、大井川の源流の水があるこの環境を活かせるものは何かと、様々な方向性を考えた末にウイスキーにたどり着きました。ここにはウイスキーの熟成に最適な冷涼で湿潤な環境と清らかな水源があり、熟成に必要な樽材に適した樹木が豊富に自生しています。市街地から距離があることで物流コストはかかりますが、逆になかなか辿り着けない秘境で作られたウイスキーとして価値を高めることができるのではないかと考えました。2020年に井川蒸溜所を開設し、今年の11月に初めてのシングルモルトウイスキーが発売される予定です。3年間の熟成期間を経てようやく提供できるようになったこのウイスキーは、井川ならではの自然環境の魅力を凝縮したような製品です。まだまだ生まれたばかりですが、日本一標高の高いところで作られるシングルモルトウイスキーを、将来的には国際的な品評会にも出せるようなものにしていきたいと考えています。
鈴木: ウイスキー事業とともに新たなテーマとしているのが「観光」です。蒸溜所見学ツアーや、井川の自然を楽しむ体験の機会を提供することで、これまで井川を訪れることのなかった方々にもきっかけを作ることができればと思っています。また、現在日本にはインバウンドのお客様も増えています。観光としてもウイスキーとしても国際的な競争力をつけていくために努力をしていきたいです。自然を楽しんでもらうことが、自然を守る意識につながると考えているので、その保全と利用の好循環を生み出すことが理想です。私たちの使命である「自然を楽しみ、自然を守る人を育む」ことを実現するため、今後も自然環境を守りながら、その価値を活用する事業を展開していきます。