Case事例紹介

酒蔵のM&Aで人と設備に大胆な投資。
新生「葵天下」が遠州地方の活性化を目指す
左:株式会社浜友E.F. 経営企画本部 部長 今岡芳宏様 右:遠州山中酒造株式会社 代表者 山中久典様
譲渡企業 

遠州山中酒造株式会社(旧社名:山中酒造合資会社)

代表者名: 山中久典様

事業内容: 酒造

譲受企業 

株式会社浜友E.F.(旧社名:株式会社浜友商事)

代表者名: 大石恵司様

事業内容: 複合商業施設の企画・運営、
不動産・建築事業、
総合レジャー業、店舗経営

M&Aの進行スケジュール

初回面談日: 2020/6/9

コンサルティング契約日: 2020/7/14

TOP面談: 2020/9/18

最終契約: 2021/3/16

静岡県掛川市の遠州山中酒造は、2021年3月、浜友E.F.と株式譲渡契約を締結しました。1818年に近江商人が創業し200年の伝統を誇る遠州山中酒造は、ファミリービジネスとして蔵元自らの手で酒造りをしていたものの、後継者問題を抱えていました。そこで静岡銀行と静銀経営コンサルティング(以下SMC)がM&Aを提案し、同じく静岡県西部に本社を構える浜友E.F.のグループに入りました。エンターテイメント領域でさまざまな事業を展開している浜友E.F.が、今回初の製造業に挑みます。歴史ある酒蔵が新体制に生まれ変わる経緯をインタビューしました。

将来的には廃業を考えていた

遠州山中酒造様の日本酒について概要をお話しいただけますか。

山中: 静岡にお酒のイメージがない方もいらっしゃるかもしれませんが、水に恵まれた遠州の地は酒造りにとても向いているんです。南アルプスから流れ地下に染み込んだ雨や雪解け水を、蔵内の井戸で地下120メートルから汲み上げ、仕込み水や洗米用の水に使用しています。水質は超軟水、南アルプスから横須賀の海岸線まで、地下でゆっくり磨かれたとても柔らかな水です。

先代は「いい酒、未だ分からず」という言葉を残しました。効率化に頼らない旨い酒造りを追求した想いを受け継いで、ほとんど一人で酒造りを行っておりました。主力ブランドの「葵天下」は全国新酒鑑評会において9年連続入賞したこともありますが、生産量が少ないため、一般的にはあまり知られているお酒ではないかもしれません。

M&Aを検討したのにはどのような経緯があったのでしょう?

山中: 私自身は「葵天下」を多くの人に味わってもらいたかったし、歴史ある酒蔵や城下町・遠州横須賀の街並みをもっと多くの人に知ってもらいたいと思っていました。しかし働き手は私と、忙しい時に手伝ってくれる家族のみで、仕込みをするのに精一杯でした。手伝ってくれる娘たちには感謝していますが、将来はそれぞれ自分の夢を追って欲しいと思っていましたし、跡継ぎがいない以上いつかは廃業するしかないと漠然と考えておりました。

静岡銀行とは昔からお取引があり、支店長さんとは近況を語り合う仲でした。先述のような悩みを打ち明けたら、M&Aという選択肢があることを教えてくださったのです。M&Aという言葉は知っていましたが身近ではなかったし、酒蔵のM&Aは全国的にそんなに多くないので本当にできるのだろうか? と思っていました。それでも「葵天下」を多くの人に知ってもらい、次の世代に引き継げるチャンスがあるならぜひ話を進めたいと思い、SMCの担当者を紹介してもらいました。

遠州地方への想いがリンクした

浜友E.F.様と遠州山中酒造様の出会いについて教えてください。

山中: SMCに具体的な相談をしたところ、譲り受けの候補先を20社ほど出してくれました。「葵天下」のブランドを引き継ぎ育ててくれる企業にお任せしたかったのと、できれば地元のためになるような展開を望んでいたので、どこでもいいというわけではありませんでした。候補先の中で、浜友E.F.は静岡県西部の浜松市に本拠地があり、エンターテイメント事業を広く手掛けていることからその可能性を強く感じました。

今岡: 浜友E.F.は複合商業施設の企画・運営、飲食店の経営などの事業を展開しております。それらは人を笑顔にするエンターテイメントの精神に基づいており、私はM&A担当者としてお酒もまた、そのコンテンツの一つになるのではと考えました。

山中: 具体的な交渉に発展する前に、(浜友E.F.の)大石社長を含めた何名かが蔵に来てくださいました。私たちの日本酒を飲み比べては、こちらの方がいいね、これが好きだ、と日本酒談義をなさっていて。その姿を見て、この人たちはお酒が好きなんだなと思いました。早い段階でそのようなコミュニケーションがあったので、浜友E.F.に対して不安感を抱いたことはありません。

今岡: 当社代表も、当初は「葵天下」という名前を知らなかったそうです。しかし、実際に蔵を訪れ味を確かめ、地元でこんなに美味しいお酒を造る会社があるなら、もっと多くの人に知ってもらうべきだと考えたようです。

契約締結までにはどのようなやりとりがありましたか。

今岡: 浜友E.F.としては酒蔵にある資産を正確に把握した上で契約を結びたいと考えていました。そのため、機械や備品のリスト化を依頼したんです。酒蔵を訪れた時、膨大な備品が所蔵されているのを見ました。歴史がある故に整理しきれていない部分もあったようです。

山中: 一人で切り盛りしていたので、リストを作るのに精一杯でした。資料としてまとめる上では、SMCさんに大変助けていただいたと思います。どれが必要なものなのか、何に価値があるのか、今岡さんにお伝えできるよううまく仕上げていただきました。

今岡: 従来は家族の皆様もお手伝いされていたそうですが、賃金の発生が曖昧でした。きちんと給与に落とし込んだ際にどれくらいのお金がかかるのかも計算していただきました。山中さんはそういった細かなオーダーに、全て真摯に対応してくれたと思います。当社代表の熱意もありましたが、とことん膝を付き合わせてくれる山中さんの真面目さがなければ、この契約は成立してなかったでしょうね。

「葵天下」の名前を世に広める

M&Aが成立してから1年半が経過しましたが、どのようなことに着手しましたか。

今岡: M&A後初年度の目標として、原酒の製造量を従来の5倍にすることを掲げました。私たちは遠州地方に強い想いがあります。「葵天下」の名前が世に知れ渡ることは、遠州地方の活性化にも繋がります。そのためには販売本数を増やすことが必要だと考えたのです。また、前提として、「浜友E.F.の傘下に入ってから味が落ちた」と思われることは避けたいと考えておりました。品質を落とさず生産量を上げるためのアクションを山中さんに考えてもらいました。そこで見えてきた課題の中で早急に取り組んだのは2点。人材の採用と、設備投資でした。

山中: 人員不足は多くの酒蔵が抱えている課題です。昔から酒蔵には丁稚奉公のような風習があって、仕込みのシーズンは泊まり込みが前提でした。技術面では感覚的な部分が多く、後継者の育成にも課題があります。そういったことを今岡さんに赤裸々にお伝えしたところ、シフト制の勤務形態で採用してはどうかとご提案いただきました。

今岡: 時代に合わせた採用方針によって、20~25歳の酒造りの熱意ある若手を3名採用することができました。しばらくは山中さんに司令塔の役割をお願いしておりますが、彼らも徐々に育ってきています。

山中: また、感覚的な技術の伝承の難しさという課題を解決したのが設備投資です。日本酒の発酵において大切なのは温度管理です。従来はそれを肌感覚で行っていましたが、それらを理解するまでには何年もの月日がかかります。

今岡: そこでサーマルタンクを導入しました。サーマルタンクは設定した温度を一定に保ってくれるので、勘所がなくても温度管理が可能なのです。山中さんには、このような設備投資は真っ先にしてくださいとお伝えしました。

山中: 過去にもサーマルタンクの導入を検討したことがありました。しかし後継者もいない中、大きな設備投資に踏み切ることはできませんでした。親会社ができ、人も増え、今後のビジョンも明確になったことで、設備投資が実現したのです。そうして初年度の原酒生産量を5倍に増やすことにも成功し、品質も守ることができました。

たくさんの人に「おいしい」と言ってもらえる喜び

生産量が増えたということは、営業面でも方針転換があったのですか?

山中: 従来はこれといった営業活動をしていませんでした。試飲販売もオーダーがあった時だけです。本音では多くの人に飲んでもらいたかったのですが、「少ししか仕込んでいないんだからしょうがない」と言い訳をしていました。しかし浜友E.F.の力を借りたことで営業先の幅が広がりました。これまでは門前払いされていたような百貨店に営業をさせていただいたり、イベントの場で「こんなに美味しいお酒があるのは知らなかったよ」というお声をいただいたときは嬉しかったですね。先日は東京コミックコンベンションでも葵天下の樽を開けていただきました。こうして脚光を浴びる機会が増えると、ワクワクしますよね。

今岡: お酒の世界は歴史がある分、お取り扱いいただける酒屋さんを増やすのは簡単ではありません。「葵天下」のブランドロゴやホームページを一新して販路開拓に努めています。

生産量が増えたということは、営業面でも方針転換があったのですか?

今岡: まずは生産体制を整え、「葵天下」を多くの人の元に届けたいです。名前が広まれば酒蔵見学をしたいというお客さまが現れるかもしれません。現在、蔵も少しずつ改修を進めているんです。将来的には、蔵を綺麗にリノベーションして、道の駅のような場所にしたいと考えています。お酒だけでなく、仕込み水を使ったコーヒーや酒粕を使ったスイーツなどは話題を呼ぶはずです。

これらはまだまだ先のことになるかもしれません。しかし地道な活動が「葵天下」を世に広め、ひいては地域活性化のコンテンツになると考えています。新生・遠州山中酒造はまだ始まったばかりですが、これからも山中さんと二人三脚で歩んでいきたいです。

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