Top Leader Interviewトップリーダーインタビュー

さまざまな素材を切削する丸鋸を究め
世界に挑むリーディングカンパニー

天龍製鋸 株式会社

代表取締役社長
大石 高彰

OISHI TAKAAKI

1967年生まれ、東京国際大学商学部卒。90年、天龍製鋸㈱入社。2012年取締役、18年常務取締役、19年代表取締役社長に就任。現在、日本機械鋸・刃物工業会副理事長、日本超硬刃物協同組合理事長。

今年10月で会社設立から111年目を迎える天龍製鋸㈱は、機械用の鋸の中でも“丸鋸”に関しては国内トップシェアを誇るリーディングカンパニー。同社は、丸鋸を日本の主要な電動工具メーカーにOEM供給しており、電動工具メーカーは自社の純正部品として販売するほど高く評価している。コロナ禍では、急伸したDIY特需で過去最高の売上高を記録するなど、厳しい経営環境でも健闘している大石社長に事業の推進方法や地元への思いを伺った。


(静岡経済研究所「調査月報8・9月号」より転載)

■世界的なDIY特需で3年前に最高売上高を記録

今年で会社設立111年を迎えられますが、これまでの御社の歩みをお聞かせください。

元々は、輸入されていた丸鋸の目立て(修理)がスタートです。100年以上前は、天竜川の上流で採れたスギやヒノキが河口まで運ばれて、製材所で加工されていました。そこでは、輸入された丸鋸が使われていて、当社は切れ味が落ちた丸鋸を目立てしていました。
ところが、第一次世界大戦によって丸鋸の輸入が停止すると、製材業界の方から「なんとか国産の丸鋸を作ってくれないか」という要望が当社に寄せられました。
そこで、2人の社員をイギリスへ派遣し、現地で丸鋸の製造工程を手書きでスケッチさせました。帰国後は、修得した技術をもとに国産初の丸鋸を世に送り出し、今年で102年目を迎えます。
そうした経緯もあり、日本の丸鋸の歴史は当社の歴史でもあるとの思いから、JR袋井駅構内に「袋井から世界のものづくりを支えています」という広告(写真)を掲出させていただいています。

▲JR袋井駅構内に掲出されている天龍製鋸の広告
鋸メーカーとしての御社の特徴はどこにありますか。

切断する素材は、木材から鉄やアルミ、住宅鋼板、外壁材などへ広がり、製造に必要な技術も時代とともに変化しています。現在の主要製品は、切削する対象に応じて丸鋸の大きさが直径8㎝から3mを超えるものまで多種多様です。
原料となる鋼材と刃先に使用する超硬チップは外部から購入しますが、鋼材の熱処理から刃先の仕上げ加工までを一貫してできる会社は、国内では当社を含めて数社しかありません。お客様が求める丸鋸を独自に製作できる設備があることは大きな強みだと思います。

最近の販売状況を教えてください。

3年前(2021年)に過去最高の売上高を記録しました。当時は、新型コロナが拡大して経済全体が縮小していました。しかし、巣ごもりにより自宅でDIYする人が急増し、国内外で電動工具が爆発的に売れました。特に当社が取引している電動工具メーカーは、世界各地に販売拠点を設けていて在庫も潤沢に保有していたことから、物流が滞りがちだった状況下でも商品の補充がスムーズに行われて売上を伸ばすことができたと聞いています。当社は、中国・河北省とタイの拠点で生産していましたが、コロナ前の2018年に中国・遼寧省に大連工場を立ち上げたこともあり、急な受注増加にも対処することができました。
直近の業績については、過去最高の売上高を記録してから2期連続で減収となっております。しかし、2023年度の売上高は直近10年で4番目に高い実績を上げており、特需の後の厳しい中でも健闘しています。
売上高の内訳をみると、DIYで使われる電動工具向けの割合が一番高くなっています。電動工具メーカーにはOEMで供給しているので当社の名前が表に出ることはありませんが、国内の主要な電動工具ブランドに採用されていますので、日曜大工をされる方であれば、知らずに当社の丸鋸を使っていると思います。
また、昔から電動工具メーカーの純正部品として採用されるために品質や性能、価格などの諸条件をクリアできるよう営業・開発・生産部門が一体となって継続的に努力しています。ハードルは高いですが、そこは丸鋸メーカーとしての宿命だと思い日々実直に業務に取り組んでいます。

■苦難を乗り越えて製造と販売の両面で世界展開

早くから海外に製造拠点を設けていますね。

現在、中国に3カ所、タイに1カ所、製造拠点があります。最初は、30年前に中国・河北省に進出しました。当時、DIY用の小さな丸鋸を製造する企業が日本国内に増加してきたため、いずれ価格競争に突入することを見越しての進出でした。工事日に業者が来てくれないなど、計画通りに工場建設が進まず苦労したそうですが、非常に早く進出したおかげで、十数年にわたって当社の業績に多大な貢献をしてくれています。
ただ、環境への対策は苦慮しています。河北省の工場は、進出当時、周囲には何もありませんでしたが、徐々に宅地化が進み、当初はなかった規制が設けられるようになりました。その後も追加の対応を求められるなど、現地で事業を継続するために地元省庁が指定する機械を導入したこともありました。
また、販売先が世界展開しているため、安定的な出荷や、為替の影響などのリスクを回避する目的で、2004年にはタイに拠点を設けました。タイでは、タイバーツや米ドルによる決済が大半を占め、3年目から黒字化しています。
さらに、河北省の拠点が手狭になったことを受けて、2018年には新たな生産拠点として、工業化が進み、すでに日系企業が多く進出していたことも決め手となって、中国・遼寧省の大連に工場を設立しました。

海外で丸鋸が使用される割合が高いそうですね。

売上高の海外比率は3~4割ですが、実際に丸鋸が使われている場所は海外が5割を超えます。主力のDIY用の丸鋸は、日本の電動工具メーカーに納めていますが、製品は世界的に高く評価されていて、国内だけでなく欧米やアジアでも販売されています。また、製造現場で使われる金属用に関しては、日本企業の海外拠点でも数多く稼働していて、日本の本社に納めてから海外拠点へ送られるケースもあります。
海外の販売拠点に関しては、アメリカ、メキシコ、ドイツ、中国、タイ、インドなどにあり、地元企業や、進出している日系企業と取引をしています。当社の規模では、進出に適した場所を探すだけでも時間がかかりますが、先行して進出している取引先の日系企業などから仕事がしやすく、暮らしやすい場所についてアドバイスをいただけるので本当に助かっています。しかも、進出後には週末に食事に誘っていただくこともあり、社員を送り出す側としてとても感謝しています。

■情報収集や独自設備で差別化、国内での事業継続に意欲

製品開発における強みは、どこにありますか。

当社は、さまざまな製造拠点に丸鋸を納めていますが、機能や性能と価格を両立させることは簡単ではありません。なかでも、切れ味を左右する刃先の超硬チップは、外部から購入しますが、海外製を含めると数千種類あると思われ、その中から切削する素材などに応じて最適なチップを選ぶには日頃からの情報収集が欠かせません。
また、丸鋸の刃先チップの耐摩耗性を向上させるコーティングでは、国内で唯一、直径1mまで対応できる大型の専用窯を保有しているのが強みです。
このほかに、新たに切削する素材が出てくれば、それに合わせた丸鋸を開発します。さまざまなメーカーと長年にわたって取引してきましたので、事前に先方からご相談いただけることもあります。実際に材料を提供していただいて試し切りした結果を確認していただくなど、早い段階から新素材にトライできる点は大きなアドバンテージだと感じています。
もう1つ、丸鋸をセットして使う切断機メーカーとも交流をしています。切断機がなければ、当社の丸鋸はただの鉄板です。切断機メーカーの特徴を把握し、相乗効果を発揮する丸鋸を作るためにも、海外を含め機械メーカーとは頻繁にコミュニケーションをとっています。

▲多種多様な形状をした丸鋸
物価高などで、国内での販売も変わってきたそうですね。

すでに、特注品や一品ものを納めている取引先には3~4割の値上げをお願いしていますし、価格的に厳しい場合には量産している標準品への切替えを相談させていただいています。原材料は値上がりしていますし、人件費や電気代も大きな負担になっている状況は、多くの取引先に理解していただいています。適切な販売価格を設定し、国内に主力となる製造工場と開発部門を残すことで、当社の技術力と開発力の継承を図っていくことが大切だと思います。

■無借金経営だからこそ高い自由度で新規投資

御社は、無借金経営で、自己資本比率も非常に高いですね。

当社は、リース契約等を除けば基本無借金であり、自己資本比率も90%程度で推移しています。しかし、売上高は100億円前後ですし、利益が出ても10~20億円くらいの規模ですから、もし工場を新設することになれば、今のキャッシュだけでは全然足りない水準です。
先輩たちが借金をせずに積み上げてきてくれた蓄えがあるからこそ、コロナの時も、“しばらく工場が止まっても大丈夫だ”という思いがありましたし、パートタイマーを含めた従業員に対しても「解雇はしない」と伝えることができました。改めて諸先輩方に謝意を表します。
ただ、当社は東京証券取引所のスタンダード市場に上場していますので、株価が安いことは気にしています。以前は、経営陣も売上高が伸びれば株価も上昇するだろうと考えていましたが、3年前に過去最高の売上高を記録しても株価が思っていたほど上昇しませんでした。そこで3年間限定で配当性向を変えるなど、身の丈に合ったところで株価を上げようと挑戦しています。株価が伸び悩む要因を分析して流動性が低い点を改善すべく、2023年10月に1株を2株に株式分割し、今年5月の決算発表では機関投資家・アナリスト向けの説明会を開くなど、当社なりに努力をしたところ、昨年10月に1,600円前後だった株価は、7月初旬は1,900円前後まで上昇しました。
また、自己資本を積み上げているからこそ、戦略的に設備投資ができる点は恵まれていると思います。必ずしもコストダウンには直結しない脱炭素の取組みにも投資できることは先輩方が無借金経営をしてきてくれたおかげです。

今年度から新しい中期経営計画がスタートしましたね。

中期経営計画(2024−26年)では、①CO2排出量の削減、②営業業務のDX化、③就業環境の整備などを進めます。
CO2の削減では、本社の第二工場と第三工場の屋上に太陽光パネルを設置します。来年2月には、年間発電量55.3万kWh、CO2の年間削減量250トンを見込む設備が稼働する予定です。
営業業務のDX化では、人事労務管理ソフトを活用してペーパーレス化と情報の共有を進めています。併せて業務用のスマホを1人1台持たせることで、以前は出張先で判断できずに持ち帰ってきた案件が、その場でさまざまなことを確認することが可能になったため、早期に商談がまとまるケースも増えました。また、急ぐ稟議案件では、同時送付先に社長を入れることにより、直属の上司が未決でも私が承認することで早期決裁できることもあります。
就業環境の整備では、女性活躍推進プロジェクトを立ち上げて、女性が働きやすい環境づくりに力を入れています。女性限定の仕事になっていたお茶出しなども見直し、先日は初の女性主任が誕生するなど、少しずつ進んでいます。

採用活動には、どのように取り組まれていますか。

当社は、総合職という形で新卒者の募集はしていません。近年は、国内営業と海外営業を中心に、職種を指定して募集することで、入社後の配属によるミスマッチが起きないようにしています。海外営業に関しては、現地で地元の人材を採用することも考えています。日本で当社の考え方を理解してもらった上で、日本人と同じ処遇にすれば良い現地人材を確保できるかもしれません。
また、最近は自分がやりたい仕事(職種)よりも、家を継ぐなどの家庭の事情から転勤のない総務や人事といった職種を希望する人が増えているように感じます。特に中遠地域の方に多いですが、いずれにしても人材確保には本当に苦労しています。

■あらゆるものに“感謝の心”

地元への思いをお聞かせください。

ここ3年間は、地元の袋井市に当社の丸鋸が使われている充電式の草刈り機を毎年20台ずつ寄贈していて、市内の幼稚園などで使ってもらっています。音が静かで排気ガスも出ないので、平日の昼間に草刈りができると寄贈先からも喜ばれているそうです。
また、日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ1部)に所属する磐田市の「静岡SSUボニータ」のオフィシャルスポンサーになっています。毎年、ホームゲームが十数試合ありますが、今のところ3年間毎試合スタンドから応援していて、最近は従業員にも声をかけてスタジアムへ足を運んでいます。会場で、いろいろな方を紹介していただける機会にもなっていて、とても有意義な時間になっています。

コロナが収束してご自身に変化はありますか。

先週末も関西で取引先のゴルフコンペにお誘いいただきました。112名という大規模なものでしたが、ハンデが大きく影響して人生初の5位に入賞しました。取引先のコンペに誘われる機会も増えたので、恥ずかしくないように定期的に練習に通っていますが、なかなか腕前は上がりませんね。

最後に経営への思いをお聞かせください。

当社の経営理念は、「感謝の心をもって、従業員の幸せと株主の幸せを追求し、社会の幸せに結びつけます」ですが、社長に就任する時に、冒頭の『感謝の心をもって』の部分を加えました。従業員同士でも、お客様に対しても、常に感謝の心を持って接することが大切だと伝えています。

丸鋸のリーディングカンパニーとしての取組みがよくわかりました。ありがとうございました。

聞き手 静岡経済研究所理事長 馬瀬和人

▲地元袋井市への思いを語る大石社長(右)と静岡経済研究所理事長の馬瀬(左)