Consulting Service経営課題解決支援・事業計画策定支援コンサルティング事例

会話のなかった親子が事業承継に成功。
二代目社長が「人の命を守る会社」を引き継ぐまで
左:社長 前田和人様 右:会長 前田守様
企業情報 

有限会社アーク

代表者名: 前田和人様

事業内容: システム構築、ネットワーク構築、
観測機器(センサー)、運用支援

長年にわたり静岡県の災害情報システムやネットワーク構築などを担ってきた、静岡県沼津市のアーク。静銀経営コンサルティング(以下SMC)は2019年よりコンサルティングを開始し、経営計画の立案・実施等をサポートさせていただきました。2020年には、親族内事業承継で二代目社長へとバトンタッチ。新たなスタートを切ったばかりの前田和人社長と前田守会長に、事業承継が成立するまでの経緯を伺いました。

インターネット黎明期から静岡県を支えてきた会社

貴社の事業について概要をお教えいただけますでしょうか。

前田和人社長(以下社長): 主事業は、県の土木事務所や地域の建設業者の方々と災害時に情報共有をするシステムの開発・運用支援です。発災直後に確かな情報を集める上で重要なシステムですが、一般向けの商品ではないためあまり知られてはいません。それに付随して、総合雨量の情報を集めるインフラ整備や川の水位が上がっていることを観測するカメラ映像提供や画像の配信・蓄積なども行っております。それらの技術を応用し、一般企業向けのシステム開発も支援して参りました。

社長は初めから会社を継ぐつもりでいらっしゃったのでしょうか?

社長: 意識し始めたのは大学進学前です。父であり会長である前田守は、私が幼い頃、ほとんどの時間を仕事に費やしていました。当時は単身赴任のような状態で、週末は疲れから寝ていることが多く、会話もありませんでした。そんな姿を見て、経営者というものは大変なのだと子どもながらに感じていました。しかしそんな父を支える母は、もっと大変そうに見えました。ですから子どもの頃は、父親に対する反発心を抱えていたんです。

とはいえ、父の仕事内容に無関心だったわけではありません。人の命を救うことに繋がるものであること知っていたし、誇りにも思っていました。「会社を継ぐ」という選択肢を捨てきれず、大学進学では経営学科を選びました。

前田守会長(以下会長): 子どもたちには申し訳ないくらい、仕事に熱中していました。アークの創業前、1980年代後半は、日本にまだパソコンやインターネットが普及していなかった時代です。私はインターネットが日本に本格導入される2年ほど前からアメリカに出入りし、情報収集をしては日本のお客さまに持ち込むという活動をしていました。

会長はアークをどういう経緯で設立したのでしょうか。

会長: 初めは個人事業主として、中小企業向けにシステム開発やネットワーク構築を提供していました。お客さまは建設系など比較的大きめの予算を持つ中小企業が中心。そもそも「インターネットとはなにか?」というところからご説明させていただいて、社内ネットワークの構築や在庫管理システムの構築などを提供しておりました。

そうした活動をしているうちに、静岡県の防災情報システムの整備に携わることになりました。徐々に任される範囲が拡大し、受発注の都合で1993年に法人化することになりました。

当時はJPEG(※)などの画像ファイルも普及しておらず、災害情報発生の状況は、写真を郵便か足で届けていました。写真を画像データ化しインターネットから送れば、迅速な情報共有が可能です。私はJPEGとはなにか、動画とはなにか、ネットワークを構築し個人がPCを所有することでどういったメリットがあるのか、静岡県職員や企業に対して啓発を続けておりました。

静岡県が災害情報システムを構築したのは、全国的に見て早かったのでしょうか?

会長: かなり早かったと思います。県の職員はとても熱心で、業務を「より迅速に」「より効率的に」「より正確に」進める為のシステム開発に情熱を注いでいました。それぐらい防災に関する意識の高い地域だったのです。私もそんな皆様の役の立ちたいという想いで、行政の支援に力を入れてきました。

静岡県民のために、途絶えさせてはいけない

社長はなぜ、会社を継ぐことにしたのでしょうか。

社長:大学を卒業する頃になっても、家族としての父の振る舞いには疑問を抱いていました。反発心から、就職活動では公共性の高い安定した会社の試験を受けました。その中で銀行からの内定をいただくことができたので、4年半の間は銀行員として働いていました。

しかし頭の中にはアークを継ぐという気持ちを常に持っていました。静岡県の防災におけるアークの功績を考えると、このまま父の代で終わらせるべきではないとの想いから「自分が会社を継ごうと思う」と決心し、兄を誘ってアークに入社したんです。

社長:意気込んで入社したものの、私はこの分野ではペーペーです。専門的知識や勘所を身につけるのに、かなり苦戦しました。もともと親子関係自体も希薄でしたから、業務を教えてもらうどころか、通常のコミュニケーションすらまともにできない状態。意見があっても、他の人を間に挟んで言葉を交わすような間柄でした。また、会社を継ぐつもりで入社したのに決算書を開示してもらえないことに憤りを感じることもありました。日を追うごとに、「社長(当時)はなにも教えてくれない」と疎外感を感じましたね。

会長:今振り返れば当時の私は、「これくらいは説明しなくてもわかるだろう」と、コミュニケーションを怠っていたのだと思います。それに、和人が入社した時点で事業承継を見据えて話をすべきでした。「話し合うことの大切さ」の認識も甘かったのだと思います。そういうことに気づかせてもらうきっかけとなったのが、SMCの堀さんとの出会いです。

SMCのサポートを受けていただくようになった経緯を伺えますでしょうか。

会長:経営に関する課題感を抱いた静岡銀行の支店長が、SMCを紹介してくださいました。課題の一つは、事業自体は黒字なのになぜか借入が増え、返済額も増加していることです。原因は資金決済の方法やタイミングでした。SMCの堀さんのサポートを受けながら改善に取り組み、解決していきました。

もう一つの課題は、銀行からの借入が毎回難航することでした。システム系の事業内容や技術は、専門家以外の方にご理解いただきづらいものです。金融機関の方にも理解してもらえないことが多く、借入もスムーズに進められない傾向にありました。そういった課題を堀さんにお伝えしたところ、5年分の事業計画の立案を勧めていただきました。

会長が初めてチャレンジした、言語化・視覚化

事業計画立案に関して、どのような流れで進められたのでしょうか。

会長:事業計画を作るためには、堀さんにアークのことを理解していただかなくてはなりません。私は何から説明すべきか見当もつかなかったので、堀さんがあれこれと質問をしてくださいました。しかし思ったよりもうまく返答できないんですよ。そこで、技術者ではない相手に説明することの難しさを痛感しました。自分でもうまく言語化できていないことを、人に理解してもらうことなんてできっこ無いですよね。

堀さんは何度も「ここがわからない」と聞いてきてくださって、少しずつ言語化・視覚化が進みました。そうして編纂された資料が完成した時に、「これ、和人には説明してないな」「社員にはこんな話をしたことがなかったな」と気づいたんです。また、堀さんからのご提案でSWOT分析のアンケートを社員に実施しました。すると私が考えているSWOTと社員の考えているSWOTに少しずつ乖離があることが目に見えて。堀さんからは、会社として認識を共通化する必要性を教えていただきました。

社長:会長は天才型の人間ですから、細かな説明をすっ飛ばしてしまいがちなのだと思います。私たちはそれを必死にキャッチアップしていかなくてはなりません。そのためにはこちら側から「わからない」といい続けることが重要だと、堀さんのお姿を見ていて実感しました。

会長:事業計画の立案とその前段に行った言語化・視覚化はおよそ4ヵ月間でした。おかげさまで資金調達もスムーズに行くようになり、堀さんには本当に感謝しています。計画の遂行に当たって、これからもコミュニケーションを密に取り合いたいと考え、コンサルティングを継続していただくことにしました。

お二人の関係性に変化が訪れたのはいつ頃でしたか?

社長:いろいろと気付かされることはあったものの、親子間特有の感情に邪魔され、お互いすぐに自分のやり方を曲げることはできませんでした。現在のようなフランクな会話もなく、堀さんを間に挟んで意見交換していましたね。

転機となったのは、会長が病にかかり入院を余儀なくされた2年前です。体のあちこちに問題を抱えていたようなのですが、いつも通りあまりちゃんと説明をしてくれなくて。その時に初めて私の口からはっきりと「わからない。体のことを正直に教えてくれ」とお伝えしたんです。このタイミングで妥協してはならないと感じていました。「いつまでも今までのようなコミュニケーションではいけない。このままでは会社としても、家族としても、支え合うことができないままだ」と、強い気持ちでお伝えしました。

会長:和人がキッパリと言い放った「俺たちに会社は任せとけ」という言葉に、強い意思を感じました。コミュニケーションが開通した感覚があったし、コロナ禍がはじまって早急な対処も必要でしたから、ここからは和人に任せようと決心したんです。

社長:ちょうど静岡県もコロナ禍に見舞われ、あるはずの発注がなくなってしまうなど、会社の経営も大変な時期でした。堀さんにご協力いただいて追加の借入ができたのでよかったです。

親族内承継をする上で大切なことはなんだと思いますか?

会長:事業承継には、引き渡す側の努力も必要なのだと気づきました。引き渡す側が積極的に時間を作り、理解してもらおうと向き合う必要があります。

社長:昔の私には、経営者の立場を理解しようという気持ちが足りなかったと思います。同じ話題でも、目線が違うと話の内容や言い方が変わってきますよね。経営者ならではの苦悩を理解したことで、会長に受け入れてもらえる伝え方ができるようになったと思います。

これは陥りがちな落とし穴だと思いますが、親子同士で物事を進めるとつい感情で行動してしまいます。第三者の立場から逐一問いを与えてくださったり、会社のために必要な選択に気づかせてくれる堀さんは、とても貴重な存在でした。思い切って外部の方に頼るという勇気も、必要だと思います。

社長は会社の新しいリーダーとして、どのようなビジョンをお持ちですか?

社長:社員一人一人がアイディアを持って会社をよくしていける環境を整えたいです。今までは圧倒的な知識や技術を持つ会長が方針を作っていました。でもこれからは会長が積み上げてきたノウハウを言語化・視覚化し、再現性を高めていきたいと考えています。しかし一番話をしているはずの私と会長でさえ、全てを理解し合えているわけではありません。それなら社員はもっと理解できていないはず。ですからもっとオープンに情報共有をしたいと考えました。最近では売上の推移などを全社員に公表しています。少しずつではありますが、新体制を整えている最中です。

また、災害情報システムの改善・運用にも力を入れて参ります。アークがこれまで大切にしてきた「人の命を守りたい」という想いはこの会社の存在意義にも通づると思います。改めて社員に周知し、皆が同じ方向を向いて開発に向き合えるようにしたいですね。

事業計画は外部環境の変化に応じて見直しつつ、目標を達成に向けて動いています。逐一堀さんからもご意見をいただきながら、社長としての役割を全うしていきたいです。

(※)JPEG:静止画像データのファイル形式の一種。1980年代後半から1990年代前半にかけて広く使われるようになり、画像の共有コストの削減に大きく貢献した。